転職・起業事例14/得意な英語で充実したセカンドライフ

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五月の連休明け、人材センターの菊池仲郎に国際電話が入った。シンガポールに単身で駐在している庄司直人からだ。

聞けば、七月に一時帰国するので、ちょっと会えないかとのこと。

庄司は、昭和四三年に大学卒業後、大手化学メーカーヘ入社。ちょうど石油化学産業が大きく成長しはじめた頃で、第一線の営業マンとして、東奔西走の毎日だった。

その後、物流業務、支店の総務の仕事に従事し、50歳の秋、工場への転勤が決まった。

今まで、単身赴任だったが、今度は家族の元から通勤できる勤務地であり、本人も喜んで勤務した。

しばらくすると、英語の得意な庄司に、外資系会社への出向の話が持ち上がった。副社長までの面接はクリアしたのだが、結局、不採用となった。

前職にはすでに後任者が着任しているため、不安定なポジションとなり、当面新しい関連会社の設立にかかわる業務に従事することになった。

菊池は、三年間、庄司と同じ支店で仕事をし、遊んだ仲間でもあり、ときどき庄可と連絡を取り合っていた。

「庄司さん、調子はどうですか」

「いや、新会社設立準備で忙しくやっています。パソコンもずいぶんうまくなりましたよ」

と明るい声が返ってきた。

関連会社発足後は総務部長として、関係官庁との折衝、社内労務、資金繰りなど会社の要として獅子奮迅の活躍だった。

再び外資系会社との合弁会社への出向の話があり、決裁が下りていたが、受入先の都合で出向の話が中止となった。すでに後任も着任していたため、再び浮いてしまい、特命事項をこなしながら新しい出向先を探すことになった。

庄司は、支店勤務時代の同僚で、出向関係の仕事をしている菊池を訪ねた。

「菊池さん、今は特命事項担当ですが、近々これも完了します。どこか自分の知識・能力を活かせるところはないでしょうか」

菊池は、いくつかの候補会社の中で、海外への業務拡大を進めている現在の株式会社を紹介し、同社への出向が決定した。

出向後、一年間は国内営業を担当していたが、海外の取引先の社長が来社した際、庄司が同席して通訳をつとめ、社長、常務から英語力を大いに評価された。

これがきっかけとなり、同社香港事務所での販売拡大と若手営業マンの教育・育成を任されることとなった。

その後、シンガポールに事務所を開設することになり、同社常務、若手社員および英語力を買われた庄司の三人が、シンガポール駐在となった。

シンガポール事務所では社長の息子である常務との意見の衝突もあり、庄司も今度は、会社を辞めようと思ったこともあったという。

が、什事の進め方・従業員の教育についてじっくり話し合い、「雨降って、地固まる」の例えのように、その後は常務、社員、現地採用の社員と一丸となって、営業活動に従事した。

庄司は、65歳で出向元会社を退職し、シンガポール事務所所長として中国語の習得にも挑戦し、世界を股にかけて元気に活躍している。

今月に一時帰国したとき、庄司は、近況と将来の生き方について次のように語った。

「学生時代に勉強した英語がはじめて活かせる仕事についています。出向元会社を退職して、給料は元の会社にいたときの半分になりましたが、仕事は非常に面白いし、この会社はこれからますます伸びる夢があります。私は一生この会社、そしてシンガポールで仕事をしたい。一人息子も結婚しましたし、妻も近々シンガポールに呼ぶ予定です」

「庄司さんは、よく頑張ってくれています。売上も前年比50%も伸びました。これからもシンガポール事務所長として頑張っていただこうと思います」

社長が、最近、菊池と会った際にこう語っていた。

菊池は庄司が次回帰国した折に、その後の活躍ぶりを本人から聞くことを楽しみにしている。

現役転職コンサルタント


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