転職・起業事例8/資格を取得し自力で定年後の職場を開拓

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安部恒久は60歳と六ヵ月。出向元の60歳定年後も、現役で頑張っている。

安部は県内の工業高校を卒業してすぐに束北地区にある石油化学メーカーに入社した。

ちょうどその頃は日本における石油化学工業の勃興期であり、目本全国至る所で海岸を埋め立てて工業地帯にし、製造プラントの建設の槌音も高らかな時代だった。

安部は入社後すぐに製造プラントの運転業務に携わった。海外からの輸入技術での運転のため、まだ運転技術の確立にはほど遠く、毎日が試行錯誤の連続だった。

それでも彼が入社した年には、日本ではじめての石油化学製品が生産され、石油化学時代の到来を象徴していた。

こうして石油化学工場の製造員としてスタートした安部は、その後、製造プラントの運転はもちろん、製品の品質管理や出荷などの業務のほか、製造プラントの補修工事計画、プラント建設のプロセスエンジニアリング、さらに石油化学工業に対する安全、環境対策の重要性が叫ばれてからは、工場における安全および環境業務など、石油化学工場における業務はすべて経験し、課長職にも就いた。

その間、必要な資格である危険物(甲種)、高圧ガス(甲種化学)をはじめ各種作業主任者の免許も多数取得してきた。

定年は六十歳であったが、管理職は後進に道を譲るために五十歳でラインを退き、昨今では、資本も取引きも全くない一般会社へ転出するケースが多くなっていた。

彼も、化学品製造系の業務に進みたいと思っていたが、そのような業務がないときには、自分の能力を生かせるのであればどんな所でも出向・再就職をする覚悟でいた。

ラインを離れたあと、転出先がないために、それまでの部下の下で一担当者として業務を遂行するより、一日も早く社外に出たいという強い希望を持っていた。

管理職定年を迎えた二ヵ月後、安部に、自社の製造委託先の合成樹脂加工メーカーが管理職を求めているという話が持ちかけられた。

業務内容は当初は営業活動を主体にして、その後は工場長として生産、出荷、労務管理などを中心に工場運営を行い、将来的には経営そのものを見る、というものだ。

安部は今まで化学品を扱ったことはあるが、合成樹脂そのものも、その加工についても全く扱った経験がなく、そこに一抹の不安を感じた。さらに土曜日が出勤のほか、勤務地が自宅から片道一時間~と、今までより通勤に時間がかかる点も心配だった。

しかし最終的には、「頑張ればなんとかなる」という強い信念で、この紹介を受けることに決めた。

出向後の安部は、肩書きこそ専務取締役だったが、実際には営業から製造、出荷、管理業務まで、全てにわたって実務をこなさなければならなかった。

というのも創業3代目の現社長は、技術は一流だが、心臓病、糖尿病、高血圧という持病を併せ待ち、健康面に不安を抱えた無理のきかない身体だったからだ。

そのため出社しない目も多く、全ては安部の切り盛りにかかっていたのである。

バブル崩壊後の不景気に加えて社長の健康不安という状況は、自然に取引先にも知れ渡り、受注、販売面でだんだんと先細りになってきた。

さらに出向元からの受託製造量も減少の一途をたどり、彼自身はまだ頑張れると思っていたが、とうとう出向元の判断で復職することになった。

年齢は五六歳六ヵ月だった。復職した安部は人事部所属となり、自分の再出向先の開拓を業務とする毎日がはじまった。

人事部からの紹介案件もあるが、会社からは自分で人材斡旋機関に登録するほか、新聞雑誌の求人広告などで自力開拓をするよう要請された。

安部は一回目の出向と同じように現場の製造関係業務を希望したが、もしなければ何でもよいと覚悟したほか、できるだけ早く出向したい、ただし通勤はできるだけ自宅から近い所がいい、という目標を持って求職活動を行った。

公的、民間の人材斡旋機関に足繁く通いいろいろな情報をもとに設備管理会社、機械メーカー、化学品メーカーなどを受験。しかし参入の能力・やる気とは関係なしに「専門がぴったりしていないため即戦力に々らない」「年齢が高い」、などの理由からいずれも不合格となった。

そこで出向・再就職に有利で、自分にも取得できる資格はないものかと考えた。

そしてボイラー技師の資格に的を絞り、会社の承認を得てその取得のための受験講習会に通うことにした。

溝習会が終わり、今月は資格試験を受験するという月のある日曜目、最近の日課になっている求人広告に日を通すと、市内の総合ビル管理会社E社がビルの設備管理技術者を募集している記事が目に留まった。求人年齢五七歳まで、勤務は日勤、定年は六十歳だが、健康が続けば六七歳くらいまで勤務可能、自宅から通勤約一時間、と願ってもない好条件だった。

年収は出向のため、出向元から満額支給されるが、広告によれば安部の現在の年収の約半分で、会社に負担をかけるのは半分までで済むというところも魅力的だった。

安部は、さっそく、翌日会社に出勤する途中でE社に立ち寄り、ボイラー技師を受験するつもりであることを告げて採用試験の受験申し込みをした。

E社では安部の取得している資格とチャレンジする積極性を評価してくれて、安部は幸いにも、多数の応募者の中から選ばれ採用が決まった。

こうして彼は、自分から積極的に管理職定年を受け止め、自らの進路を切り拓いた。管理職定年で会社から紹介された職場で充実感を見出せないまま過ごすのも、安部のように、第二の人生を過ごすための職場を求めて積極的に行動するのも、本人次第だ。

彼はその後六十歳で出向元を定年退職したが、先方から今までの積極性や人間性を見込まれ、その会社にプロパー社員として採用された。

今後さらに、ボイラー技師の上級資格、ビル管理、電気主任技術者など、ビルの設備管理者として必要な資格に挑戦して取得し、その後は本社においてビル管理業の経営に直接タッチしてみたいという希望を持っている。

現役転職コンサルタント


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