はじめに

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転職が当たり前の時代になり、さまざまな状況の転職事例がつみあがっています。

こちらのサイトではその中でも、転職を契機にジョブチェンジや起業された方の事例をご紹介していきたいと思います。

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転職・起業事例17/多彩な趣味が毎日を楽しくさせてくれる(1)

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森田聡史は67歳。在職中から培った趣味の領域で充実した毎日を送っている。

彼は東北地区にあるメーカー、株式会社白浜製作所の工場に35年間勤務し、定年退職した。

在職中、前半は工場の新設改造・補修工事の契約や資材の購買業務などを担当し、後半は社員の福利厚生関係の業務に携わった。

もともと文化、芸術関係に造詣が深く、工場の厚生係長として体育文化活動には自らも積極的に参加していた。

特に絵画は、30歳頃から絵の先生について本格的に勉強をはじめた。

当時は従業員の福利厚生の一環として、会社も体育文化活動を強く奨励していたので、同好の士を集めて絵画部を結成し、その中心として活躍した。

さらに、陶芸がブームになった頃には陶芸部をつくり、東北地方で陶芸の盛んな地を訪問して見聞を広め、手探りで活動をはじめた。

自らも部員として活動し、その作品を工場内の文化祭に出展したり、秀作を社員に譲ったりした。

その後次第に部員も増え、活動は森田が退職をした現在も続いている。

さらに彼は音楽の趣味も持ち、ピアノ、エレクトーン、ギター、トランペット、トロンボーン等々、多彩な楽器を操る。

森田の会社は野球が強く、実業団の大会では強豪チームと言われていた。そこで持ち前の音楽センスを生かし、応援には欠かせないブラスバンド班を指揮して雰囲気を盛り上げるのにも一役買っていた。

(続く)

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転職・起業事例16/ボランティア活動は自分のためにさせていただくもの(2)

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前日は、夫人と山小屋に宿泊し、当日朝7時40分に指定の場所に集合。

役割は『よろず相談・ガイドマップ』の配布と、ゴミ拾いだ。

肩ワッペン・胸章・名札の三点セットを着用し、ゴミ袋と火バサミを持ち、湿原中央の沼の分岐点近くを往復した。

大きなゴミはほとんどないが、小さなゴミやタバコの吸い殼が目立つことに驚いた。

作業中、行き交う人から「ご苦労さま」と声をかけられたり、「ボランティアの人たちのおかけで尾瀬はきれいなのよ」と子供に話し聞かせる声に、胸がジーンとすることも。

翌日は夫人と二人でハイキングというスケジュールで、二泊三日の尾瀬を楽しんだ。

宮崎は、山行を通じてボランティア活動に取り組み、生きがい度として次のように考えている。

①自分のために、体力向上・技術修得に励む一人称の段階。

②仲間とともに、触れ合い・絆を深め帰属感を醸成する二人称の段階。

③他人の役に立ちつつ、自己実現を図る三人称の段階。

「今回の山行は、やっと三人称の段階に第一歩を踏み出したばかりです。『ボランティア活動は、相手のためにしてあげるのではなく、自分のためにさせていただくものである』と教えられた意味が、少しばかり実感・体得できたような気がします。いい体験をさせていただいたと感謝しつつ、等身大での自己実現を目指し、身体の許す限りこれからも山旅を続けたいと思います」

そして、「今度はアドバイザー養成研修で一緒になった『被爆者の語りべ』としてボランティア活動を行っている太田さんが住んでいて、薦めていた、広島県の主峰を登りたい」と目を細めた。

(続く)

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転職・起業事例16/ボランティア活動は自分のためにさせていただくもの(1)

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「さあ、もう一息で頂上ですよ」

明るい、澄んだ声が登山仲間の背後から聞こえる。

宮崎晴夫は、山登りが大好きな58歳の会社員。

オリエンタル電子株式会社に勤めるかたわら、健康維持・増進のために30歳代から登山をはじめた。

これまでに登った山は600以上、そのなかには日本100名山も含まれている。

宮崎は山のもの知り博士と言われるほど山に関する知識を持っており、ときどき仲間内の集まりでクイズを出しては、みんなが答えに窮しているのを見て一人悦に入っている。

そんな山好きの彼は、最近、二つの新しい体験をした。

一つは、身障者の車椅子登山の支援である。

宮崎は「健康・生きがいづくりアドバイザー」でもあり、日頃からなんらかの形でボランティア活動をはじめたいと思っていた。

その矢先、市の広報紙で身障者の登山の協力者募集を知り、さっそく仲間三人に参加を呼びかけた。

当日は、車椅子17台、協力者130名が登山。

宮崎たち四人は頂上でコーヒー、味噌汁、お汁粉をつくり、みんなの登頂を待った。

汗をかきながら登ってきた身障者、ボランティアの人たちも頂上での思いがけない接待に、「こんなところでお汁粉やコーヒーが飲めるなんて」と、とても喜んでくれた。

みんなの嬉しそうな笑顔に、四人で重い食材やガスボンベを担ぎ上げたかいがあったと、満たされた気持ちで帰路についた。

しかし、こんな宮崎も、突然車椅子生活を余儀なくされたことがある。原因不明の皮膚病で歩けなくなって入院し、三週間車椅子を動かし不自由さを実感したのだ。

そのことがさらにボランティア活動に力を入れさせている。

もう一つは、「尾瀬」で体験したボランティア活動だ。尾瀬保護財団によるボランティアの公募に接し、応募した。

(続く)

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